2013年1月3日木曜日

弁護士という概念をただ職業としてではなく

表に出さなければ、あなた以外の人にそれは存在しないも同じだからだ。
育てられるためには、まず存在を認めてもらわなければならない。
生まれたての赤ん坊はそれを誰よりもよく知っている。だから産声を上げるのだ。「私は、ここにいる」、と。やかましかろうがウンコ漏らそうが、我々はそうやってはじまるのだ。
一人で一人前になった者などいない。たとえ母乳で育てられなくても(我が娘達もそうだ)、たとえ生身の師がいなくとも(私もそうだ)、誰もが誰かに育てられているのだ。
だからまず、産声を上げよう。
笑ったり、しないから。
Don't be shy and show your code - 紹介 - Webサービスのつくり方


私は過去に何度もブログを開設しては挫折した経験があるため、同氏の言葉に対して何とも言えない感情が湧き上がってきます。


未だに業務用ブログとプライベートブログをいかに使い分けるかなどといった極めて「些末な」悩みを抱えつつのブログ作成となってはいるのですが、とにかくどんどん書いていく事に重点を置きつつあるのもまた事実なのです。


私はプログラマーでもなければ作家でもないただの弁護士ですが、弁護士という概念を単なる職業としてではなく一つの生き方として捉えたいわけです。そして、弁護士というものを一つの生き方として捉える以上は、やはりこうやって何かを書かなくちゃいけないと思うのです。


ブログを書いている暇があったらさっさと仕事しろやと言われてしまうかもしれません。現に当記事も仕事をしようと電源を入れたパソコンで書いています。まだワードファイルすら開いていないっていう。。。


ですが、弁護士というのは私にとって単なる職業ではなく生き方を示すものですから、私が弁護士としてどのような生き様を晒そうとしているのかということを世間に向けて公表することは、とても有意義なことであると思っています。


極端な言い方をすれば、弁護士業のみで生計を立てる気などなく、仮に弁護士として全く収入が無くなったとしても、私はやはり弁護士なのだということです。なぜなら、弁護士とは私の生き方を示す言葉だから。


「職業」なんていう属性は私にとってはどうでもよくて、限りなく無職に近くて結構なのだと思うのです。ただ、実生活においては、職業という属性を尋ねられることが非常に多いですね。


当サイトのタイトルには「弁護士」というキーワードが露骨に含まれていて、それでいて中身としては職業としての弁護士業に何ら関係の無いものも大量に含まれています。しかし、これは看板に偽りありといったことでは全く無くて、私の生き様を示す言葉をサイトのタイトルに含めたに過ぎません。


とか何とか言いつつ、サイトのタイトルはまた変更するかもしれませんし、しないかもしれません。ですが、遅くとも、弁護士という言葉が私の生き様を示さなくなってしまった時には、潔く看板を作り直します。そうしなければ、看板に偽りありといったことになってしまいますから。


小飼弾氏については、賛否両論ある中で、私は全面的に支持します。支持といっても政治的なアレではなくて、生き様としてのアレです。

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